音楽

「賛美」の理念

音楽
音楽について

賛美における音楽は、今日様々なものがありますが、最も一般的な分類は、聖歌などの「トラディショナル」と、バンドなどによる「コンテンポラリー」の2つの分類だといえるでしょう。

ここに対して私たちは、良い歌詞で、かつ歌詞にあった音楽であればどちらのスタイルでも良いと思っています。ただあえて言うならば、「トラディショナル」は、ソプラノ〜バスまで、聖歌隊のように4パートに分かれてハーモニーを作らなければその曲の良さが出ないものが多いのに対し、「コンテンポラリー」は、バンドに合わせてメロディーを歌うだけで良さが十分に出てくるものが多いと見ています。会衆賛美においては、おそらく95%以上の人々がメロディーを歌うので、どちらかというと、メロディーだけで曲の良さが十分に出せる「コンテンポラリー」を極めていくことを目指しています。ただ「トラディショナル」である聖歌も、メロディーだけで十分に親しめるような名曲は、バンドアレンジなどをしてカバーしていこうと思っています。

歌詞と音楽の関係については、方程式のような形で単純化はできないと考えています。方程式のような単純化というのは、「十字架の受難の歌詞なら、ドラムは入れるべきではない」などと機械的に判断することです。喜びにあふれる歌詞をあえてピアノとボーカルだけでしっとり表現するのが良い時もあれば、厳粛な歌詞に対してドラムをガンガンに鳴らすのが良いことも、ないとは限りません。

だからこそ、曲ごとに、その曲の歌詞が最も伝わる音楽を考えていきます。究極的には好みの違いにより、満場一致のアレンジを作り出すことはできないことを認識しつつ、逆に誰もが「これは相応しくない」と思えるような形は避け、祈りつつ作曲編曲をしていきます。

最後に。賛美においては、音楽よりも歌詞の方が圧倒的に重要です。賛美における音楽は、歌詞の内容をより引き立たせるための、「歌詞の僕」だと考えています。そのため、歌詞に対しては、もっともっと強いこだわりを持っていきます。ぜひ以下に続く「歌詞について」の理念もご覧ください!

歌詞について

歌詞においても、日本における「トラディショナル」と「コンテンポラリー」には、しばしば違いがあります。

最も分かりやすい違いは、「トラディショナル」は3-5種類の節があり、節ごとに歌詞が変わるのに対し、「コンテンポラリー」は、しばしば1節のみで書かれています。その影響もあってか、「トラディショナル」が教理的に深いところまで入っていくのに対し、「コンテンポラリー」は「シンプル」と特徴づけられるものが多く存在します。
私たちは、シンプルな歌詞それ自体を悪いと考えているわけではありませんし、シンプルな歌詞によるシンプルな賛美を悪いと考えているわけでもありません。しかし、信仰生活において、シンプルさから生まれがちな「浅く曖昧な理解」は、時に危険が伴うものであると考えています。

ピアノを弾くのに全く適性のなかった人物に対して、「とりあえず脱力して弾けばいいんだよ」「感情込めて弾けば大丈夫!」などとシンプルな指示をするだけでは、ピアノの達人にはなれません。同じように、神の栄光を表すことに全く不適格であった、罪人の私たちが、「とりあえず神は愛。ただそれだけ」「神は良いお方。良いお方。それだけ。」「十字架で命をかけて愛された。ただそれだけ。」など、浅く曖昧な理解でとどまっていたら、十分に神の栄光を表す者と成長していくことはできないのです。神の恵みがどこまでも深いからこそ、私たちも日々その理解を「深め」、それに対する応答の賛美の言葉も、その恵みの深さに相応しく「より深い」ものになっていくべきだと考えています。

そのため、歌詞については、「より深く、より明瞭なもの」を目指しています。とはいっても、いくら4節5節まで歌詞を書こうと、1節につき多くても合計200文字入れることのできない賛美においては、どうしても曖昧な表現などは出てきてしまいます。そこについては、各曲に対して、牧師監修のもと作られた「作詞作曲者ひとこと」というコーナーを設け、補足的に説明をしていきます。

歌詞自体が、より神の偉大さ、恵みの深さ、私たちの罪深さなどに対する深い考察を与え、その曲を味わい、また口ずさむことで、より一人一人の偉大な神に対する賛美の思いが増し加わり、また主に喜ばれるような歩みをする助けとなるよう、願ってやみません。

歌詞と音楽についての理念を短くまとめると…

私たちの歌詞と音楽の相互関係に対する理念を短くまとめるならば、

歌詞は聖歌のように複数の節があり、より深みのあるものを。
音楽は、メロディーが親しみやすく、バンドアレンジによるものを。
」となります。

もちろん、今後1節だけの讃美歌をカバーしたり作ったりすることがないとも限らないですし、トラディショナルな聖歌を作ることもあるでしょう。しかし、原則的な理念は、上記のような形で進んでいこうと考えています。